ボンドアートとは

ライブペイントパフォーマンスやアートセラピーの分野で活動する画家「冨永ボンド」が2009年に創案した独自の画法。多色彩な塗料で面を描き、黒く着色したボンドで色と色の境目をつなぐ。艶消しの平面と光沢ある黒い立体線は、グラフィックデザインと音楽のつながりが生んだ独創のマチエール(絵肌)。ダイナミックな絵柄とオリジナルの色彩、ライブペイントという公開創作スタイル、そして創作コンセプト「つなぐ、つくる」は海外のアートフェア(パリ・ニューヨーク)でも高く評価された。

 

※ボンドアート®は株式会社ボンドグラフィックスの登録商標です。

創作テーマ「つなぐ、つくる」

ボンドは接着剤。モノとモノをつなぐ役割がある。​

 

人と人とつなぐ、人とアートをつなぐボンドアートの目的は、絵を描く作業の大切さや社会におけるアートの役割をより多くの人へ伝えることである。「つなぐ、つくる」つなぐと見つかる新しいカタチ。

 

​ボンドアートは、アートと医療をつなぐ力で、地域社会と医療福祉の分野に貢献します。

黒いボンドの理由

創作テーマ「つなぐ」を象徴する、黒いボンドの立体線。象徴を指す最も強い「黒」のみを使用し、画面(絵柄)の中で最も目立つよう「立体的」であり、最も美しく「輝く」よう、乾くと半透明になるボンド(酢酸ビニル樹脂)に黒い水性塗料を混ぜ着色している。黒の理由は創作テーマの象徴である。

作品のモチーフ

ボンドアートには、「人」と「人」をつなぐ役割があるため、作品のモチーフは、全て人間。ボンドアート作品群(第1章~第20章)は、抽象・半抽象・立体・テキストなど様々なジャンルがあり、それぞれ「人」に関わる一貫したコンセプトがある。(各作品群のコンセプトについては、下記をご参照ください)

第1章「FACE」(守護)

気絶している(フロー状態)の人の顔。BLACK OUT。精神的緊張を遮断し楽しい作業に没頭する「画を描いている時」の人の状態。冨永ボンドの最も代表的な作品群。モデルはなく男でも女でもない。顔面の周囲を覆う頭髪のようなものは頭髪ではなく、頭に張り付いた目には見えぬストレス。絵は、人を守る。

第2章「PEOPLE」(共存)

個人が「動作」をすることで他者とのつながりを無意識に作っていく様。動作をつくる四肢のつながり。関節。誰と誰が誰とどこまで誰とどのようにつながっているのか分からない。目に見えぬ人間関係の複雑さ。誰かとのつながりによって人は生きているということの表れ。共存による実存。

第3章「CELLS」(活力)

人を動かす最小単位の基礎、細胞質(CELL)の連結(つながり)。異なる色彩とカタチを持つ細胞が三次元で窮屈に絡み合う様。小さな細胞の連結が大きな力をつくり、人体という巨木を動かす。強い力に押し潰されず個性を大事に活きる。生命の活力。

第4章「TRUE」(無垢)

芸術的な作品には2種類ある。義務教育や社会経験で培う「技術」と、逆に徐々に失う「純粋さ(TRUE)」である。子どもの描く純粋無垢な芸術(後者)を、利き手ではない”左手”で表現した純粋な線の作品群。アンファンテリズム(幼児性)の象徴。感情の起伏「喜怒哀楽」によって作られるエラー。成熟の中に僅かに残る無垢な感情。

第5章「FINGERS」(平和)

身体のバランスを保つ役割を担う、手足の指と爪。人を「つなぐ」ための伝達手段として重要な表現力を担い、一生のうち「何か」と触れることが最も多く、繊細な動作を繰り返す部位。絡み合う指の楽しい遊戯。つなぐ手。均衡と平和を表す。

第6章「RINGS」(友情)

人と人がつながりことで形をつくる、輪。ひとつながりの多彩な輪を幾重にも描き重ね、色と色の境目を黒いボンドでつなぐ。時間の経過に伴い人の輪の上に出来る、さらに大きな人の輪。人の年輪。信頼と友情のカタチ。

第7章「LINES」(人生)

ライブペイントやワークショップの際、老若男女の様々な人たち(会場のお客様)が1本ずつ直線を描き完成する、参加型の合作。長さは同じでも、色・太さ・曲がり・筆跡、ひとつとして同じ線はない。人の道もそれに等しく、同じ人生はひとつもない。みんな違ってみんな良い。十人十色。

第8章「MIND」(元気)

太陽からのインスピレーションを受け創出した、人体に出入りするポジティブな陽の「気」。元気、活気、営気、精気。目には見えないが皆の周囲に漂う身近なもので、人と人が接する際に最初につながり、最後に途切れるもの。終わりと始まり、始まりと終わり。

第9章「HEARTS」(鼓動)

人体の中心にあり、生を未来につなぐもの。「鼓動」により、カタチ(アウトライン)を正確に捉えることが出来ない。ハート型のマークは、世界共通の心臓を表すシンボルマークである。心の音、胸の鼓動、ドキドキ、命。

第10章「BRAIN」(情熱)

人間の思考や行動など、生命に必要な事柄すべての司令塔「脳」。筆ではなく、丸めた「紙」で絵の具を塗布し、脳の位置から垂らした黒ボンド。使用する色は、大脳、間脳、中脳、後脳、小脳、延髄の6種類の領域を示す6色。丸めた紙の塊を脳の各領域と見立て、そのシワで塗布した絵の具のマチエールは力強く、全意識を捧げる「情熱」を意味する。 

第11章「NEAURON」(理由)

細胞(CELLS)をつなぐ黒いボンド「ニューロン」を介してつくるネットワーク部分のみを抽出した剥き出しの神経細胞。機能を統率し、刺激を伝える組織。半透明の部分は黒を混ぜずにそのまま塗布した通常の白いボンド。白は時間と共に徐々に黒に吸収される。黒の強さ。黒いボンドで描く「理由」を示した作品群。画法は、ジャクソンポロックのドリッピングに基づく。

第12章「ICHI」(尊重)

パーツの形状ではなく、2~5種の色の印象のみでメッセージを伝えるカラーフィールドペインティング。ひとつひとつの色をより鮮明に認識するため、境界線をぼかすマークロスコとは対照的に黒いボンドで隔てる。「黒でつなぐ」ことは、つまり「完全に隔てる」こと意味しており、人の個性(色)は変えたり混ぜたりせず、また否定することもなく、その人のそのままを尊重しようというメッセージを込めた。

第13章「SOLO」(孤独力)

孤独力。孤独とは、強さである。群れから外れることで個が際立ち、強さを増す。孤独力とは、独りの時にのみ輝く強い力である。時に、色と色(個性と個性)は混ざり合うことで新たな色(魅力)をつくることもあり、混ざってもなお本来の個性を完全に失うことが無きよう祈りを込めて力強く筆を走らせる。「つなぐ、つくる」にも反したクリティカルな作品群。

第14章「FLOWER」(神秘)

同じ色が二つとない、美しい花。ボンドアート作品群で唯一、デザイン的均衡を無視して美と生にフォーカスした作品群。特に、女性の美と神秘を意識して描くことが多い。(裏コンセプトあり)

​第15章「ASPECTS」(多面性)

人の多面性を表した作品群。喜怒哀楽。白目の理由はBLACK OUT(第1章FACEのコンセプト参照)

​第16章「RBC」(運搬)

Red blood cells

第17章「AMBIENT」(環境)

​社会、自然、家庭など、人を取り巻く外的な「環境」がコンセプトのボンドアート作品群「第15章」新シリーズ「AMBIENT(アンビエント)」人の日常生活は、常に環境の中にあり、環境に左右される。個性豊かな廃材の組み合わせは、環境の変化に負けない隠れた個性の力強さと、環境の変化に順応する周囲への思いやりや謙虚さの表れ。進学、就職、転職、開業、結婚、出産、人生の転機に訪れる環境の変化は、人の心や生活、人と人の繋がりに大きな影響を与え、それに伴って個人の能力も浮き沈みや伸び縮みを繰り返しながら、色や形を変える。全ては人の成長へと繋がっているのである。環境は、人間を変える。しかし、環境を変えるのは、繋がる人と繋がる場所の選択を繰り返す「自分自身である」ということを忘れてはならない。新たな始まりへの勇気ある一歩を讃え、新たな環境で生まれる素晴らしい出会いに、祈りを込めて。

第18章「WORDS」(伝道)

始点から終点をつないだあと折り返し、再び終点と始点をつないだ独自のタイポグラフィー。筆先は、ひと文字書き終えたあと、来た道をなぞり、再び始まりに戻る。始点と始点をつなぐ(接着する)。ひと文字、ひと文字、始まりに立ち戻り、ひと文字、ひと文字が、連なることで言葉となる。初心に環幸し同じ道を反復することで文字は言葉に変わり伝える力へと昇華する。ボンドアートのプロセスにおいても、冨永ボンドの作家活動においても、「言葉」は欠かすことのできない重要な表現の1つ。ボンドアート作品群・第16章『WORDS』は、日頃の作家活動で大切にしている言葉の形で、ボンドアート原画作品を型抜いたポップアート。耐光性に優れたデジタル版画。
 

第19章「PLANET」(地球)

​球......全人類がひとつに見える唯一のカタチ。人種、性別、年齢、障がいの有無関係なく、繋げば無境界。惑星ボンドボール。絵画は黒ボンドのみ使用するが、ボンドボールは多彩な色のボンドを作り塗布。色と色を繋がずとも必ず「ひとつ」だから。私たちの住む地球が今日も平和でありますよう。祈りを込めて。

第20章「DIRTY」(自然)

服や靴に付着した絵の具やボンド。意図せず作られた絵柄は、ライブペインティングの副産物であるが、無造作ゆえに格好いい。こういった評価はオーディエンスから得られたもので、靴やデニムへの「よごし」の依頼が殺到しシリーズ化に至った。画面でつなぐのではなく、冨永ボンドとオーディエンスの「自然」なつながりを表する。靴や服に付着した汚れは、洗えば少しずつ薄れるし、使用し続ければ自然と薄れる。心もまた、例え汚れてしまっても、時間の経過と共に少しずつ自然と薄れゆくものなのだ。気にする必要はない。誰にも迷惑はかけていないのだから。